被災地支援報告会おこなわれる

6月3日、北海道クリスチャンセンターで『被災地支援報告会(実行委員会代表・この実会加藤孝氏)』が開催され、約100名の人が集まりました。

岩手に入った「朔風」の森本氏の司会で、犠牲になった被災者に黙祷を捧げライフ」の石澤氏の主催者挨拶(加藤氏は都合により欠席)で報告会は始まりました。

以下、被災地支援に入った4事業所からの報告(要約・敬称略)。

竹田 保(HOP障害者地域生活支援センター 代表理事)

3月13日には神奈川で支援物資を調達、北海道からも支援物資を調達し石巻へ。

ドロ出し、病院などへの送迎を中心とした移動サービスを現在も行っている。

初めは支援物資を届けようにもドロで車が動かない、また痰吸入のカテーテルが手に入らない。とりわけ多くの車が押し流されているなかで移動手段の確保は緊急の課題であった。

障害者ばかりでなく避難している人に分け隔てなく支援。いずれ自分たちがいなくなった時のことをふまえ支援のありかたを考えているので、来年の3月頃までには現地の人々に徐々に活動を引継いでいきたい。

現在地域で活動できる状況をつくるため現地の人を2名雇用している。

当初福島では20㌔圏内に多くの障害者・高齢者がとり残され、福祉事業所が避難・ヘルパーがこない・引っ越し業者もこないなどの問題が起きていた。

馬場 篤子(福岡県 拓く 常務理事)

何かできることはないか、いてもたってもいられないということと、これからの法人のありかたを考えようということでローテーションを作り支援に参加。

避難所ではパン、オニギリなど同じ食料が続いたり不衛生な布団の上の生活をよぎなくされ最低限の生活の保障すらない状況があった(PPTで被災地の現況を写し紹介)。

様々な社会資源と人材をコーディネイトする力が弱いことを感じている。

法人としては自家発電・非常食の確保や職員のコーディネイトする力をつける、日頃から地域とのつながりを創っていきたい。今後も「飛び込む力」「受け止める力」を大事にし被災者自立を支援したい。

郡 吾郎(この実会センター24 サービス管理責任者)

岩手県から道が要請をうけ、被災地の障害者施設へ応援派遣されたグループに所属事業所から参加。

4月9日から5月29日まで(各班一週間ずつ、6名編成、全10班)の第4班として参加。

向かった先は山田町(凄まじい被害の状況がPPTで写し出される)の「はまなす学園」利用者38名、「ケアホーム 希望」利用者11名。津波により施設建物は壊滅的被害をうけたが、利用者・職員は全員近くの裏山に避難し幸いにも人的被害はなかった。

避難所での生活が大変だったため、4月11日からすでに買い上げていた旧陸中海岸ホテルへ移ったところに応援に入る、朝5時から夜の9時までポータブルトイレの処理、食事介護、その他折り紙・塗り絵、散歩等の日中活動を支援、もちろん泊まり勤務も行う。

支援物資は比較的あったが衛生物資が不足し、仮設トイレも和式で不便だった。

大加瀬 敦(元気ジョブ)

「被災地障がい者センターみやぎ」にボランティアメンバーとして4月12日から4月27日まで参加し、主に避難所での調査を行い、支援を必要とする障害者へ物資の配達や移動・入浴介助などの支援活動に協力してきた。

そこのセンターは障害当事者の意志を最優先し徹底した個人支援を行うことを基本として、電話での問い合わせにも一度出かけていってまず顔を合わせたうえで活動している。

役場の資料なども流失しており、地域に住む障害者の所在や安否の確認をとるための情報も少なく、社福や作業所に属していなかったり在宅でのサービスを利用していない障害者は孤立を深めている。仙台などの大きな都市では札幌と同じように障害者が受けることができるサービスなり作業所が一定数あるが、東北の小さな町村では震災前からそもそも少なく限られていた。

一般の避難所での障害者の生活は困難を伴い家族が周囲に隠しているケースも多い。

日常、普段から地域とのつながりの必要性をあらためて考えさせられた。

この4氏からの報告を受け、会場からの質疑応答。

最後に竹田氏が、

「今回の大震災をとりまく障害者の状況は阪神の大震災の時と何ら変わらない。この17年間は何だったのかということが問われている。札幌でもし極寒の雪のなか被災したらどうなるのか?私たちの課題として常設の障害者支援センターを考えていきたい」と締めくくり報告会を終えた。

元気ジョブ 織本